こんにちは、清水雪子です。
かつての私は、やりたくもない仕事を頑張って、結果を出しても派遣では評価もされない、そんな働き方に嫌気がさしていました。
しかしインターネットを使ったビジネスを始めたことで、やりがいもない上に月収も低い、厳しい派遣生活から卒業することができました。
今は旅をしたりYouTubeで娯楽動画を配信したりと、とても楽しく暮らしています。
ネットビジネスは自由を手に入れる手段ですが、「お金を稼いで楽な生活をする」ことだけが自由ではありません。
私はとにかく今の会社から脱出したい一心でいろいろ試してきましたが、このブログを含め、自動的に稼ぐ方法を構築した結果、初めて本当に自由を感じられるようになりました。
誰もが漠然と手に入れたいと思っている自由とは一体何なのでしょう。
本当の意味を知ることで、あなたの目指すべき自由がどこにあるのかも理解できるでしょう。
Contents
ネットビジネスで得られる自由とは何か
私のようなアラフォー元非正規は、格差社会と不景気のあおりをモロに食らいました。
社会問題となった少子化をはじめ、貧困、過労死などとも深く関わってきた世代です。
会社のために自らの意思も投げ打ってまで奴隷のように働く人間は「社畜」と呼ばれます。
サラリーマンは気楽な稼業~♪なんて言われていたのは、昭和の高度成長期までの話ですね。
日本は先進国であるにも関わらず、国民の幸福度はどんどん後退しています。
懸命に働いても年金はもらえるか分かりませんし、給料からは税金が容赦なく引かれていきます。
仕事ってそもそも何のためにするんだろう
結論から言うと、私のようなアラフォーはもちろん、年代は関係なく
搾取される側
から
お金が入ってくる側
へ行くことは可能です。
(搾取する側になると、ただの悪人になってしまうのでダメです笑)
短い人生を大切に生きたいはずなのに、なぜ私たちは困窮したり、不幸だったりするのでしょう。
- 会社で汗水垂らして働くことが美徳のように教育されているから
- 今の仕事に満足していないのに働き続けているから
- お金を稼ぐことだけを目的に、必死に生きているから
- 節約するか、収入を上げることしか選択肢がないから
ちょっと思い出してみてください。
子供の頃、大きくなったら何になりたいかと聞かれた時に私たちは答えました。
でも、飛行機が好きだからやっぱりパイロットかな?
消防士もカッコいいし
サッカー選手でもいいなぁ…
ケーキ屋さんも楽しそう。
看護婦さんにも憧れるけど
やっぱり一番は、かわいいお嫁さんになりたいな…
単純に「楽しそうで」「カッコよくて」「やってみたい」仕事をするのが夢ではなかったでしょうか。
サッカー選手を目指す男の子が、
「たくさんお金をもらって家族に楽をさせてあげたい」
と思っていたら、それはそれで素敵です。
しかし、
「プロになって大金を手に入れ、35歳くらいで引退したら資産を投資で増やし、その後の人生は趣味に没頭しつつ好きなように生きる」
なんていうライフプランを持っていたら、ちょっと気持ち悪くないですか?
クラスの中にはたまに大人びた子がいて、「将来は公務員になる」とか言っていたりもしましたが、その子は親から言われて学んだだけであって、
「公務員は不況のあおりを受けにくいし、一度勤めたら生涯安泰で、退職金にも期待できる」
なんていう堅実な理由で希望したわけではなかったことでしょう。
しかし大半の子供は、成長するにしたがって、自分のやりたいことと現実のはざまで苦しむことになります。
ミュージシャンになりたかったけれど、才能がないから無理。
お医者さんになりたかったけれど、学力が足りないし、医学部に通うお金もない。
漫画家になろうと思ったが、現状ではアシスタントさえできない。
こうして夢を諦めた結果、「特にやりたくもないけれど自分でもできそうな仕事」を選んで働き始めるわけですね。
しかし自分の力で稼ぐことができれば、やりたくないことをわざわざする必要がありません。
まずは、自分が興味のある・やりたいジャンルに参入できます。
誰かに雇われたり雇ったりしなくて済むということは、自分だけで完結する仕事だということなので、作業する場所や環境も選びません。
コツコツ最初の作業を頑張れば、俗に「不労所得」と言われるような仕組みを築き上げることもできます。
缶ジュースを背中に担いで歩き回らなくても、ネット上の自動販売機がお金を回収してくれるようなシステムですね。
それを実現させるのが「ネットビジネス+仕組み化」です。
お金を手に入れる手段は多々あれど、自由を手に入れる方法はこれ以外にありません。
自由の種類
私たちが「自由になりたい」と願うとき、それは以下の3つの種類に分類されます。
- 精神的自由
- 経済的自由
- 時間的自由
精神的自由
神経をすり減らして上司や顧客の対応をし、苦手な同僚との付き合い方に苦慮しているようでは精神的な自由はありません。
反対に、自分に裁量権があり、誰とでも良好な関係を築いていて、他者からストレスをかけられないような仕事についているならば、ある程度の精神的自由を手に入れた状態になります。
しかし、たとえ仕事そのものにやりがいがあり満足していたとしても、
「今日は大事な商談なので失敗は許されない」
「今月の営業利益が減っているのを、私の責任で何とかしなくてはならない」
など、なにかしらのプレッシャーは日々あるでしょうから、完全な自由を手に入れることは難しいでしょう。
ストレスの全くない生活をすることは現実的ではありません。
しかし、第三者から自分のやりたくないことを強要されず、不安や焦りを感じなくて済む環境に身を置けば、ある程度の自由を手にすることができます。
金銭的自由
経済的に余裕があれば、嫌いな人と一緒に仕事をする必要がなく、自分の本当にしたいことを追及できます。
期限を決めずに旅行に行くことも、趣味に没頭することも可能です。
何もかもをお金で解決することはできませんが、人生プランは圧倒的に広がります。
ところで、お金を貯める手段といえば、何を思いつきますか?
今より多く稼ぐか(投資も含みます)、支出を減らす、この二択ですよね。
よく雑誌などで、月1万円だとか2万円で生活する方法だとか、家計を徹底的に見直しましょう、無駄なものを買わずに不用品は売りましょう…などの節約記事を見かけるのですが
節約大好き、節約が趣味です。という人以外は相当きついはずです。
そもそも節約は、「お金を減らさない」ことには貢献するものの、「お金を増やす」ことができません。
また、過度の節約は時間を無駄にすることとも密接な繋がりがあります。
100円以下で売っているタマゴを求めて隣町のスーパーに行くとか、リッター5円安いガソリンを入れるために遠出をしたら、時間と労力の無駄になります。
私は別に、高くても値段など気にせずどんどん買いましょう!と言っているわけではなく、
- お金を稼いで自分は何を得たいのか?
- そもそも稼いだお金を何に使うつもりなのか?
- 贅沢な暮らしがしたいのか?節約しなくても生きていけるようになりたいのか?
- 何かを買ったり、やりたいことをしたりするために計画的にお金を稼ごうとしているか?
そのような思考を一切持たず
とにかくお金を稼がなければいけない
という強迫観念にとらわれているならば、その時点で既にお金の奴隷になっているという事実を認識してほしいと思っています。
時間的自由
1日24時間しかないのに、1日8時間勤務+残業などをしていたとして
寝る時間も8時間だと考えて…(実際8時間キッチリ寝ている人はあまりいませんが)
通勤時間、食事の時間、その他お風呂や食事の支度、買い物など生活に必要な時間を差し引くと、一体何時間が手元に残るでしょうか。
私は昔7時に出勤して21時に退社するという生活をしたことがあります。
5時に起床して22時過ぎに帰宅し、ご飯を食べてお風呂に入ったら5時間だけ寝て起きて…という滅茶苦茶な暮らしは、心身共に非常に消耗しました。
しかし、ハードワークかつストレスフルな環境で体を酷使していた私とは違い、
「忙しくて大変だけど、仕事は楽しいし収入にも不足はない」と言い切れるような仕事に就いている人もいます。
彼らは「金銭的自由=高い収入」と、ある程度の「精神的自由=やりがい」があるからこそ、その仕事をしています。
しかし会社の重役や医師などは、給与は沢山もらっていても、毎日が仕事ばかりで肝心の「お金を使う」時間がありません。
「ちょっと旅行に行きたいので明日から1ヶ月休みます」なんて言えるわけもなく、だからこそ外車や高級マンションを買うなど、目に見えてわかりやすい出費をする人も多いわけです。
興味深いと思ったのが、医師からアンケートをまとめたサイト内の声でした。
- 収入が増えても使い道がない。やりたいことをするのに十分な収入はあり、時間が欲しい。
- 収入は多ければいいが、1000万増えても大したことないので休みがあったほうがいい。無理だけど……。
- 年収が増えても税金が増えるので見合わない。
どれだけ稼いでも、生活そのものには満足していないリアルな声がたくさんありました。
中には
「休みは欲しいけれど、きっと休日の時間を有益に使えないだろうから、やっぱり自分は仕事をしていた方が良いと思う」
なんて言う人もいたので、ワーカホリックにも程があるんじゃないかとも思いましたが…。
医師は、使命感に突き動かされて仕事をしている面もあるでしょうが、替えのきかない社会貢献をされている点で素晴らしい仕事だと思います。
それにしても
「休むくらいなら働く」
「休んでもすることがない」
と言ってしまう人は、かつてほとんどの日本人が持っていた、仕事に人生を捧げるという価値観の中でしか生きる意味を見出せないのかもしれません。
自由を手に入れて何をするか
ここまでお読みになって、あなたは自分が手に入れたい自由のイメージを少しずつ掴めてきたのではないでしょうか。
時間とお金の両方がある暮らし。
誰にも指図されずに好きな時間に働けますから、寝不足とは無縁です。
体を酷使していないので疲労感やストレスもありません。
家族と一緒に気兼ねなくレジャーに行くこともできます。
逆に、家に引きこもって映画鑑賞やゲーム三昧でも構わないのです。
そんな夢のような生活を手に入れたら、最初はちょっと贅沢をしてみたいと思うかもしれませんね。
私の場合、まとまった現金を手にした時、一番最初に50万円以上する腕時計を買いました…。
しかし今では売ってしまって手元にありません。
なぜか?
私自身に、高級腕時計が必要ないと分かったからです。
今はアップルウォッチを使っていますが、20分の1の価格です。笑
好きな色だし、よほどフォーマルなものでなければどんな服にでも合わせられます。
充電は必要ですが、電話機能に加え、万歩計、lineやニュース、天気まで見られてかなり有能なので大満足です。
私はこの経験で、
自分にとってプラスにならないものにはお金を使わない
いずれ利益にならない出費は浪費と思え
という人生の指針を得ることができました。
他者にステータスを示すことが不可欠な仕事なら、高級腕時計は無駄な投資ではないでしょう。
しかし私の場合、誰かに「お金持ってます」アピールをすることは不必要だったのです。
ただ、ちょっと難しいところが、
何でも損得勘定で考えるクセをつけてしまうと面倒だということ。
自分の趣味は、人生で何かプラスになっているのか?
美味しい(コスト高の)食事をすることはプラスなのか?
欲しい〇〇を手に入れることには何のメリットがあるのだろうか?
こんなことを延々と考えていると、何に対しても気持ちよくお金を使えなくなります。
自分が心地よい、楽しい、嬉しいと思うことにお金を使うのは「浪費」ではありません。
それが後々自分に利益をもたらすならば「投資」。
今まさに幸せだと感じられるなら「消費」です。
つまり、高級腕時計をはめていることが幸せなら、それでいいのです。
私が腕時計を買うことで手に入れたのは
「ついに買ってやったという自己満足」
「お金持ってますというアピールができる道具」
であって(小物っぽさ丸出しでお恥ずかしい話です)、幸せではなかったんですよね。
自由を手に入れるためにネットでビジネスを始め、やっと念願の自由を手に入れたと思っても、お金の使い方を間違えると全く自由ではなくなります。
浪費するための収入を求めてお金を稼ぐのは、それほど大きな幸せとは言えません。
自分が心地よく、幸せで、楽しいと思える暮らしを手に入れてください。
私はそれが、本当の「自由」だと思います。